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VieRo



目を覚ましてしばらく、自分がどこにいるのか思い出せなかった。
鏡張りの天井に、並んで寝転んだ男女の姿が映っている。
妙に蒸し暑い。私はゆっくり起き上がって辺りを見渡した。頭に泥が詰まっているように重い。
部屋の壁は天井だけではなく四方も鏡張りだった。寝癖が付いていることに気付いて、私は前髪を手櫛で整える。
鏡の中の自分に上目遣いでちょっと微笑んで見てから、改めて部屋を眺めた。
小さなダブルベッド、皺くちゃに乱れたシーツ、毛足の潰れた真っ赤なじゅうたん。窓がないので昼だか夜だか分からない。シャワールームから漂ってくる、安いボディソープと湿気の匂い。室内にはうっすらと有線で流行歌が流れている。
身じろぎすると、隣で横たわっている男の太ももにぶよんと膝が当たった。
彼は目を覚ます気配もなく、降参する犬のように弛んだ腹を見せてただじっと目を閉じている。見慣れた顔なのに、なんだかまったく知らない人みたいだった。笑っているような、苦しんでいるような、奇妙な無表情。
うっすら髭の生えたその顔を眺めているうちに段々と記憶が蘇ってきた。下腹部にどんよりと気だるく、昨夜の余韻が張り付いている。
「……ああ」
私は彼の口元にそっと手のひらを寄せて、安堵のため息をはいた。

  *

本城多恵子はブスだった。
贅肉のたっぷりついた豚みたいな身体に、目鼻の埋もれた顔。
ただ、胸と尻が異様に発達しているので、ある意味グラマーと言えないこともなかった。それに彼女はいつでも微笑んでいて愛嬌があったし、愚鈍さと紙一重の優しさと穏やかさは人好きのする性格だった。
ミナが多恵子と初めて会ったのはマンションの自治会の集まりだ。いつもは夫に出席させるのだが、その日はたまたま休日出勤だったので仕方なくミナが顔を出したのだ。
自転車置き場の並べ方が最近乱れているとか、敷地内にある公園の清掃を来週の日曜に行いますとかいう話を自治会長の代わりに読み上げていたのが、書記の多恵子だった。
ミナはそのときの彼女の印象をあまり覚えていない。近所でよく見るおばさんの一人だと、そう思っただけだ。
日曜の清掃には夫を行かせた。こうした自治会の集まりがあるときには、大抵夫に用事を任せている。
彼女は近所づきあいに興味がないし、性格も容姿も派手な自分がそういう場所であまり歓迎されないことを知っていた。夫と歳が離れていることもあり、同じ噂を立てられるなら始めから遊んでいるほうがましなのだ。
最初こそ申し訳なく思ったが、やれ掃除だ防災見回りだと夫はいつも楽しげに出掛けているので気にしないことにした。家にいても昼寝をしているだけだし、良い退屈しのぎなのかもしれない。

ミナが夫の足取りが軽い本当の理由を知ったのは、夫婦で参加した地元の夏祭りでのことだった。
毎年お盆のころになると、自治会や子ども会が主催になって夏祭りが行われる。神社の境内に盆踊りの神楽を組み、いくつかの屋台が出るだけの小さなお祭りだ。
夫は毎年準備に借り出されているが、ミナはその夜、初めて一緒に行きたいとねだった。
真っ赤な生地に大きな牡丹が白く染め抜かれた鮮やかな浴衣を着て、ミナはまるで暗闇に浮かび上がる花のようだった。場違いなその美しさに、夫は少々気後れしているようだ。
二人が通り過ぎる間際、水色のハッピを着たテキヤの男がやきそばを焼く手を止めて口笛を鳴らす。ミナは満足そうに唇を上げた。
「驚いたよ、お前がこんなところに来たがるなんて」
と、夫は俯きがちに言った。
「どうして? 私だってたまにはご近所さんと仲良くしなくちゃ」
もちろん、ミナはなにも盆踊りに興味があったわけではない。
最近夫がこっそり誰かとメールを交換したり、電話をしたりしているのに彼女は気付いていた。
初めは会社の女性社員とでも浮気しているのかと勘繰ったが、特に平日の帰りが遅いわけでもないし、週末に出掛けるのは自治会の用事くらいしかない。ならばとカマを掛けるつもりでこうして無理について来たのだった。
妻が人目を集めるのが居心地悪いのか、きょろきょろと視線を泳がせていた夫がふいに立ち止まる。金魚すくいの屋台の前に紺色の浴衣を着た多恵子がいた。
女の勘はこういうときおそろしく鋭い。
「こんばんは」
夫の手を引き、ミナは彼女にそう声を掛けた。
多恵子が自分たちを見て一瞬顔を曇らせるのと、そのあと夫と一言ふたこと挨拶を交わすようすに、彼の恋人がこの女だとミナははっきり悟った。
不自然ではないぎりぎりの態度で、名残惜しそうに手を振り合う二人を見てミナはふんと鼻を鳴らす。
(同じマンション内でダブル不倫だなんて、安っぽい。まああんたたちにはお似合いだけど)
自分の美しさを多恵子に見せ付けるように、ミナはにっこりと艶やかに微笑んだ。大輪の花が開いたようなその笑顔から彼女がそそくさと目を逸らしたのが愉快だった。

ミナと夫の一雄が結婚したのは三年前の秋だ。
同じ会社の受付嬢で、歳が一回りも違うミナを一雄は熱烈に口説いた。
デートに応じると、一雄は彼女をお姫様のように扱った。それまで恋人を顔で選んで痛い目ばかり見てきたミナは、こんなに大切にしてくれるならと感激してプロポーズを受けたのだ。やはり、女の幸せは愛するよりも愛されることなのだ。
なにより一雄とは身体の相性がとてもよかった。
ミナは男性経験豊富なほうだが、セックス自体はあまり好きではなかった。自分が不感症なのではないかと悩んだこともある。
しかし一雄と初めて寝たとき、自分がとても性的対象に見れないような、蔑みすら感じる相手に抱かれることにこそ快感を得る女なのだということを彼女は知った。
初めて抱き合ったのは付き合い始めて三ヶ月ほど経った頃。場所は安いラブホテルの部屋だった。
一雄は女性経験が少なく、決してスマートなリードをしてくれたわけではなかったが、逆にそのぎこちない必死さがミナの情欲を刺激した。
部屋に入った途端、一雄は性急に彼女を抱き締めてきた。
「はぁっ……」
キスをした瞬間に全身がとろけそうな快感が走り、腰から崩れ落ちてしまいそうに感じる。
それまで感じたことのない欲情を、ミナは感じた。正直言うとこの部屋に入るまでは自分は本当に一雄と寝ることができるのか不安に思うくらいだったのだが、そんな気持ちは一瞬で消し飛んでしまった。
まるで身体の中にスイッチがあって、それがカチリと切り替わったようだった。
「ああっ……! う、うそ……凄く気持ちいい」
一雄の指がミナの身体を撫でるたびに、快感の波がお腹の底から湧き上がる。
他の男と行為をするときには、いろいろな計算や見得が彼女の頭を支配していた。もっとスタイルがよく見えるように。もっとセクシーな表情で。声はかわいらしく、色っぽく……彼女は常に沢山の演技をして、緊張していた。
ところが一雄には、そんな見得を張らなくても良いと思えた。正直に言えば見下していたのかもしれない。嫌われたくないとか恥ずかしいとか、余計なことを考えずに自分をさらけ出すことができた。
初めてリラックスして、解放された気持ちで行為に臨んだのかもしれない。
「そこ、もっと……あ、そう、そうよ、もっと強く摘んで……!」
そんな恥ずかしい要求も、一雄になら素直にできた。
「ああっ! 凄い、一雄さん。凄くいいの……! あ、うそ……いく、私……、ああぁっ!」
その夜、ミナは生まれて初めて演技ではない絶頂を迎えた。

恋人時代、二人は夢中でお互いを求め合った。
デートできるのはせいぜい、週に一度か二度。そのたびにホテルで抱き合い、くたくたになるまでやりまくった。いくら抱かれてもまったく飽きることがない。彼こそが運命の人だとミナは確信した。
しかし結婚して一緒に暮らすようになると、一雄は際限ないミナの要求に段々と辟易するようになってきた。
夫婦生活は一週間に一度になり二週間に一度になり、一ヶ月に一度になり、どんどん回数が減っていった。それでも一年目、二年目はまだ良かったが、最近は「疲れているんだ」と応じてくれないことのほうが多い。
一度覚えた肉欲には抗いがたく、浮気をしてみようかと考えたこともある。けれど、彼以上に彼女を感じさせる男はいないのだ。
過去の情事を思い起こしても、とても他の男に抱かれたいとは思えなかった。
それなのに、夫のほうが自分を差し置いて浮気をするなんて。
(夫は多恵子を抱くのだろうか。私の身体に飽きたくせにあんなおばさんとやるなんて、頭おかしいんじゃないの)
そう思うと、さすがに腹の煮えるような思いがする。
しかし正直に言えば、ミナはほっとしていた。夫の相手が誰かわからないうちはやきもきしたが、多恵子ならば女としてどちらが勝つかは誰の目にも明らかだ。
今は目新しい女に浮かれているかもしれないが、我に返ればどちらが魅力的か気付くはずだ。おそらく一瞬の気の迷いに違いない。
(きっとあの女に無理に迫られたんだわ。デブに限って脂肪を巨乳と思い込んでて、身体を張ってきたりするのよね)
(据え膳食わぬは男の恥っていうもの。どんな女でも、一度はやってみたいと思うのが男というものらしいから)
そうでなければ、こんなに美しい妻を差し置いてあんな冴えない女に目移りするはずがない。
それに多恵子だって、今日、とても叶わないということを痛感したはずだ。まさか女として自分に張り合えると思うほどバカではないだろう。と、ミナは思った。
さすがに後ろめたい気持ちがあったのか、祭りから帰ると一雄は言葉少なに寝てしまった。鼾をかいている夫の背中を長めながら、ミナは薄く微笑んだ。

夫の書斎で一冊のアルバムを見つけたのはそれから三ヶ月ほど経った頃のことだった。
ミナはその日、夫名義の通帳に少々用事があって、重要な書類が仕舞われている引き出しを開いた。棚の一番上には鍵が掛かっているのだが、それが本棚の下段に隠されていることを彼女は知っていた。
鍵を開いてみると棚の奥に見慣れないものがあった。取り出してみると、それは小さくて薄い、けれどしっかりしたつくりのアルバムだった。表紙が布張りになっていて、わりあい新しいものだ。
見たことのないそのアルバムを、ミナはいやな予感でどきどきしながら開いた。
中に収められていたのはほんの二十枚弱の写真だった。
いつごろ写したものなのか、まったく見覚えのない景色だが、そんなに古いものではなさそうだ。
のたうつような深い藍色の海。青い雲の棚引く桃色の空。ほとんどがただの風景写真だったが、中に数枚、人物の写った写真があった。
場所は旅館か、ホテルの部屋だろう。ベッドの上で橙色の照明に照らされた、濡れ髪の多恵子。お風呂上りの湯気まで見えそうなしっとり潤った裸体に備え付けのガウンだけを身に付けて、カメラに向かってはにかんでいる。明かりが柔らかくて、ころころに肥った(ふとった)彼女が妙に可愛らしく見えた。
そしてカメラの持ち手を変えたのか、一枚だけ微妙にピンぼけした一雄のアップ。同じようにガウン姿で、優しい微笑を浮かべている。
それはまるで長年連れ添った夫婦が、少し照れながらお互いに向けてシャッターを切ったような、どうしようもない愛情が滲み出てくるような写真だった。
心臓からすうーっと血液が抜けてしまうような寒気がする。
それからまた何枚かの風景写真が続き、最後の一枚は二人が手を繋いだ写真で終わった。一雄が写したものだろう。ファインダーの外から伸びる彼の腕と、その手のひらを硬く握り締める多恵子の手。背景は森だった。ミナの脳裏に、緑の中を奥深く、振り返りもせずひたむきに進んでゆく二人の後姿が浮かんだ。
ああ、彼らは死ぬつもりだったのだ。なぜかそう思った。
裏表紙を見ると日付が書き込まれていた。三週間前。そういえばそのころに夫は出張があった。ミナは出張の多い彼の仕事を疑いもしなかった。
吐き気を飲み込んでこめかみを揉んだ。
いったい何が彼らを掻き立てたのか。
そしてどうして、帰ってきたのか。
湧き上がったのは怒りでも哀しみでもなく、焦りだった。
写真の中の二人の表情は優しい。ミナはもうずいぶん、夫のそんな表情を見ていないことに気付いた。夫の趣味が写真ということもすっかり忘れていた。
交際し始めたころ、彼はデートの時にカメラを持ってきてミナの写真を撮ってくれたことがあった。引き伸ばしてプリントされた一枚を額に入れてプレゼントされたときには、本当に感激したものだ。
自分でもびっくりするほど、一瞬を切り取られたミナは美しかった。柔らかくて優しくて、薔薇の蕾がほころぶような笑顔。
(ああ、彼には私はこんなふうに見えているのか。そして私はこんなふうに彼を見ているのか)
そう思うと胸が暖かくなった。自分たちがどれほどお互いを大切に思っているかを知らされた。
結婚してしばらくは写真を撮りにいく夫に付いていろいろな場所へ行った。
山奥の渓流だったり、南のほうの孤島だったり、景色のほかには何もないような場所を好んで彼は出掛けた。売店もトイレもない場所に一日中いるのは正直、ミナには辛かった。おまけに写真を撮り始めると夢中になって自分のことをすっかり忘れてしまう夫に、そのうち同行しようと思わなくなった。
休日に一人で遠出されるのが気に食わなくてちくちく嫌味を言っているうちに、そのうち夫も写真自体をやめてしまった。
結局、一雄がミナを撮ったのは最初にくれたあの一枚だけだ。
(彼の目に映っていた私は、ほんとうにあんな私だったのだろうか)
あの写真はどこに仕舞ったのだったか。ミナは吐き気を抑えながら一生懸命考えたけれど、とうとう思い出せなかった。

夫の引き出しに大切に仕舞われていた布張りのアルバムは、翌日の朝、生ゴミと一緒に半透明のビニール袋に突っ込んで燃えるごみに出した。
「おはようございます」
明朗な挨拶に顔を上げる。マンションのゴミ捨て場には、エプロン姿の多恵子がほうきを持って立っていた。最近分別をしない住人がいるので有志の役員で見回りましょうという話を、そういえば聞いたような気がする。
「おはようございます。朝から大変ですね」
ミナはにっこりと微笑んでやった。
「いえ……当番ですから」
その、当番、に加わらない自分に対する嫌味だろうか。ミナはハイヒールを鳴らして多恵子の隣を通り過ぎ、ゴミ置き場の戸を開けてゴミ袋を突っ込んだ。多恵子がさりげなく袋の中身に視線を走らせているのを感じる。
「旦那さまにもお当番、手伝っていただいてしまって。すみません、お忙しいのに」
「いいえ、好きでやってるみたいですから、どうぞお気になさらないで。暇なんですよ、他にすることがないみたい」
彼女が残飯にまみれたアルバムの存在に気付いたかどうか。
その夜夫の帰りは遅かった。
「ねえ、今度の週末一緒に出掛けない? たまにはどこか連れてってよ」
ミナは帰宅した夫にそう言った。
「……それは、もちろんいいけど。珍しいね」
「そんなに珍しいかしら」
もうずっと、週末には夫を置いて一人で出掛けることが常だった。何もいけないことをしているわけではない。独身の女友達とショッピングをしたりカラオケに行ったり、その程度の気晴らしだ。 一緒に暮らして半年くらいは、週末には二人きりで部屋にいるだけで楽しかったのだ。朝から晩まで裸のまま、いちゃいちゃと戯れているのが幸せだった。一雄が夫婦生活を拒むようになってきて、自然と会話が減り、ミナは外へ出るようになったのだ。
(もしかしたら私も浮気をしていると、夫は思っているのかもしれない)
だとしたらその誤解は正さぬままでいようと思った。
置いていかれる女は惨めすぎるからだ。

その日は朝早くから出掛けて、車で海のある観光地へ行った。
海沿いを二人で歩いて新鮮な魚料理を食べ、日帰り温泉に入り、博物館を見た。
夕食のために入ったレストランで人口の滝を眺めながら、二人でこんなにゆっくりするのは久々だね、と一雄は嬉しいような寂しいような不思議な笑顔で言った。
「ほんとね。ねえ、疲れたし、よかったら泊まって帰らない? 明日は何も用事がないでしょう?」
ミナがそう提案すると、一雄は少し考えるようなしぐさをした。
「……でも宿も予約していないけど」
「そんなの、そのあたりのシティホテルでもいいわ。ね、そうしましょうよ。そうしたら私、ホテルまで運転するから、あなたはお酒でも飲んだらいいじゃない」
一雄の返事も待たずに、ミナはウェイターを呼び止めてビールを注文した。一雄は肩を竦めたが、やはり疲れていたのかもしれない。素直にビールを受け取って飲み始める。
あのアルバムがなくなっていることに、彼は気付いているだろうか。

  *

ホテルのドアを閉めるのと同時に、私は背伸びをして夫に抱きつく。
微妙に引けた腰を引き寄せて、唇を重ねた。さすがに覚悟していたのか夫も強くは拒まない。
「ん……」
久々の感触に甘いため息が漏れてしまう。
最後にセックスをしたのは、もう三ヶ月も前だ。
僅かに酒臭い息が欲情を刺激する。すぐにでも激しく求めたい気持ちを抑えて、私はゆっくり夫の舌を味わった。
「どうしたの? 今日、いつもと違うね」
唇を離すと、夫はまんざらでもなさそうにそう囁いた。
「そう? 別に変わらないと思うけど」
私は優しくそう囁き返して、夫を抱き締める。
今日は特別な日だもの。
私は彼のベルトを外し、ズボンを下ろした。夫は驚いて押しとどめる。
「ちょっとまって、シャワー浴びるよ」
「いいの、このままで」
「だって君、いつも嫌がるじゃないか……」
私はもう応えずに、下着の中から彼のものを引きずり出した。
確かに私は少し我が侭だったのかもしれない。今までは自分がされることばかりを求めて、あまり奉仕したりはしてこなかった。
今までにない刺激に興奮したのか、急激に大きくなってきたものにそっと舌を這わせる。少し潮臭い味がした。
根元から笠のほうまで裏筋をねっとりと舐め上げると、夫はうっと小さく呻く。
「……汚いよ。汗をかいてる」
そう言いながらも逃げる気配はない。
私はしばらくぺろぺろと竿を嘗め回してから、口を開いて高ぶりを飲み込んだ。
夫が息を飲むのが分かった。
あのババアの中に突っ込んだと思うと気持ちが悪いけど、これは本当は私のものなのだ。盗まれたものはちゃんと返してもらう。
唇をすぼめて幹を締め付け、頭を上下に動かした。口の中に唾液をたっぷり満たして、摩擦が痛くないように濡らしてあげる。
「んっ……ん、んぅっ……。きもちいい……?」
私は上目遣いで夫を見上げた。
既に焦点の定まらない目をした彼は、こくこくと頷く。
ああ。気持ちいいんだ……。
私はすっかり気分をよくした。
調子に乗ってそのまま唇で擦り上げていると、ふいに夫が腰を引く。
「あっ」
ほお張っていたものを取り上げられて、思わず切ない声が出てしまった。
夫は耐えかねたように私を抱き締めて、そのままベッドへ押し倒した。こんなふうに彼から求められたのは久しぶりで、私の胸はどきどきと高鳴る。
夫の手がスカートの中へ入り込み、ショーツの横から指を捻じ込んできた。
「ああっ! やっ」
乱暴にぐちゅぐちゅと掻き回される。
いやと言いながら、私の中は既に蜜で溢れていた。
こんな……下着を付けたまま、無理やり弄られるなんて。
手を差し込まれた部分のショーツが内腿をぎゅっと締め付けて痛い。それが拘束感になって、いけないことをされているような興奮を感じてしまう。
やっぱり、気持ちがいい。
夫の指は私の感じるところをちゃんと知っている。涙が出そうに気持ちがよかった。
私は夫の首もとを引き寄せてキスをする。
この指も、唇も、舌も、全部私のものなのだ。
「ねぇ……いれて。このまま、下着の横から……」
私は夫の耳元でそう囁いた。
夫はごくりと生唾を飲み込み、今まで手を入れていたショーツの布をぐっと引いた。そしてうるみきった私の入り口に熱い昂ぶりを押し当てて、ぐっと腰を突き入れる。
「ああっ!」
思わず歓喜の悲鳴が漏れた。
ほら、この人のここは、私にこんなにぴったりと嵌る。
私の一番きもちいい場所に届く。
彼以外、私をこんな気持ちにさせる人はいないのだ。
太い肉棒がショーツを押し広げて苦しい。私は夫に無理やり引き裂かれているのだ、まるで処女みたいに。
窮屈さは夫にも伝わっているらしかった。いつもよりも息が上がるのが早い。何度も私の最奥を貫いて、やがて、彼は唇を噛むように囁いた。
「いく……いくよ、ミナ」
「ああ、いっちゃう、私もいっちゃうっ……! 中で、中で出して、お願い」
夫がうめき声をあげながら私の腰をしっかりと掴んで自らを叩き込んだ瞬間、膣の奥に熱いしぶきを感じながら、私は絶頂した。

私は事後の夫にこっそり睡眠導入剤を混ぜたコーヒーを飲ませた。
ぐっすり寝入る夫の首に、ガウンの紐を絡ませて力いっぱい引く。
あの朝多恵子はほんの少しもひるまなかった。私が知っていることに気付いていたに違いないのに。
ばかみたい。彼女はあなたが思うほど、か弱い女なんかじゃないのだ。
あのアルバムの最後のページには手紙が挟まっていた。夫のサイン済みの離婚届と私への手紙だ。
ミナ、ごめん。ぼくには心から愛する女性ができてしまった。彼女は君のように強くはないし、華やかな女でもない。けれど、暖かな人間の心を持った優しい女性だ。
ぼくが君と結婚したのは間違いだった。慰謝料はできる限り払うから、ぼくに自由をくれないか。
すっかり覚えてしまった文面を呟き終わる頃には、夫の呼吸はしんと静まり返っていた。
私は備え付けの冷蔵庫から缶ビールを一本取り出して、用意してきた薬を一錠一錠を喉の奥へ流し込む。
一緒に死んでも、同じ場所にはたどり着けないかもしれない。きっと夫は天国へ、私は地獄へ行くのだろう。
それでもあの女にくれてやるなんてまっぴらごめんだ。
彼の手をしっかり握り締めて、私は穏やかな眠りに付いた。




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